スイスのバーゼル動物園長も務めた動物学者H.ヘディカーは、著書「文明に囚われた動物た
「観客の好奇心を満足させるだけでは、人間が動物に干渉し、檻に
閉じ込めておくことの十分理由になりそうもない。
だが、豊富な野生動物の中から一組を取り出し、できる限り条件を
整えたうえで飼育状態に移し、人間が自然を理解する一助とすると
いうのなら、弁護の余地はあるだろう」
別な言い方をすれば、動物園や水族館で飼育されている動物たちが「単なる消耗品ではなく、
我々人間を成長させるための教材として扱われているのなら、それは許される」ということ
だろうと理解しています。
だからこそ、見せる側はより科学的に正しく動物の生態を見せ、見る側は、その動物からの
メッセージをしっかり学ばなければなりませんが、現状はどうでしょう。
日本の多くの動物園では、群れで生活する動物を単独・もしくはペア飼いしたり、繁殖期以外
は単独生活する動物を、来園者への「展示効果」を高めるという美名のもとに同居させていま
す。
あるサルでは、「サルの仲間では最も早く走る」と紹介しておきながら、走るスペースなど全
くない環境で飼育しています。
もちろん、予算やスペース等の問題もありますが、欧米の動物園の
ような、行政から独立した専門家集団ではないところに、最大の
問題がありそうです。
希少種の飼育・繁殖を優先するため、上野動物園がライオンの飼育・展示を止めると(東京な
ら多摩動物公園で見ればいいし、他の動物園でも良さそうですが)、上野でライオンを見たい
鳥では、檻の中より解放感を感じてもらえるだろうと、鳥の気持ちより来園者の気持ちの方が
尊重され、どうもない片方の翼の一部が切断されることになります。
ラッコは知らなくても、他都市で人気者になっているというだけで「おらが町にもラッコ
を!」となり、取りあえず議員・議会の顔を立て、国際標準にも満たない狭い水槽で飼うこ
そんな日本の現状は、欧米の動物園・水族館の理念・価値観からすれ
ば、対極にあるものです。
ピーク時(平成8年)、日本で118頭も飼われていたラッコは今や15頭となり、エリマキトカゲ
など、過去にもあった単なるブームで終わろうとしています。
この間のラッコの飼育・展示から、人々は何を学んだのでしょう。