今年6月、野生のニホンライチョウのオスから採取した精液を用いた人工授精が富山市
ファミリーパークで行われ、2羽のヒナ(下写真)が誕生しました。
(7月10日付けで公開していますので、そちらもご参照下さい)
今回は、鳥類の人工授精についてお話したいと思います。
鳥たちにも「相性」があるようで、オスとメスがいれば繁殖するというわけではありま
せん。
そこで、繁殖させる方法の一つが人工授精による繁殖になります。
まず前提として、卵を産むメスがいなければなりません。
鳥は種類によって産卵数が決まっているので、産卵が終わる前まで、または産卵開始日
が分かっていれば、その前に人工授精しても構いません。
私が経験したソデグロヅル(下写真)の人工授精について、お話します。
メスのユキは人の手で育てられ、自分を人間だと思っていたので、オスとの自然繫殖は
できませんでした。
ある時、隣のケージで飼われていたオスが事故死すると、ユキは突然、産卵しました。
貴重な卵を無駄にしないため、ソデグロヅルの人工繁殖に成功していた東京都の多摩動物
公園からオスの精液を譲り受け、私たちも人工授精に取り組むことになりました。
ユキは抱卵を始めましたが、無精卵なので取り上げると、数日後2個目を産卵しました。
ツルは2個産卵するので、普通ならこれで終わりになります。
ところが1個目を取り上げているので、目の前には1個しか卵はありません。
2個目の卵も取り上げると、ユキは産卵してなかったと錯覚し、3個目を産卵しました。
(補卵性)
このように産卵数が決まっている鳥でも、卵を取り上げることで産卵を促すことができ、
結果、人工授精の回数も増やすことができます(例外あり)
初めて産卵した年、1個目を取り上げると2個目の産卵まで何日かかるかが分かります。
次いで2個目を取り上げると、3個目の産卵まで何日かかるかが分かります。
産卵の間隔が分かったところで、翌年からは産卵の前日までに精液が届くよう、多摩
動物公園に精液採取をお願いしました。
哺乳類のメスは卵巣が2個、輸卵管が2本ありますが、鳥類ではふ化した後に右側の卵巣・
輸卵管が退化して無くなり、左側だけになります(例外あり)
左側の輸卵管を反転させて、精液を直接注入できれば良かったのですが、4年間は出来
ませんでした。
そこで、県の養鶏試験場で鶏の人工授精の研修を受けたところ、翌年にはユキの輸卵管を
初めて反転させることができ、無事に精液を注入することもできました。
その後、産卵した卵の一つからヒナが誕生(下写真)したのです。
精液の希釈液についても、試行錯誤がありました。
最初は卵黄、次にブドウ糖液で希釈した精液を温めてから注入していましたが、最終的
には生理食塩水で希釈した精液を温めず、冷たいまま※注入しました。
輸卵管に直接入れられたこと、精液を温めなかったことが良かったと思います。
※鶏の人工授精でも、冷たい精液の方が受精率が高いことが知られています。
ところで、地上に巣を作る鳥では「刷り込み」という行動現象が見られます。
ふ化したヒナは、限られた時間内に初めて見た「動くもの」を自分の「親」と認識する
というものです(自然界では親になります)
認識できなければ、親の後をついて巣を離れることができないからです。
巣を離れなければ、外敵に襲われるリスクもあるため、ふ化したヒナは目も開いて、羽
も生えて、脚もしっかりしています。
本来であれば、刷り込みを避けるように人工育雛すべきでしたが、先ずはソデグロヅル
の飼育数を増やすことを優先しました。