今年5月、国内初となるアフリカゾウ(トム:下写真)の抜牙(ばっが)が、東京都の
多摩動物公園で行われました。
オスのゾウは、牙を壁などに擦りつけて折ることがあります。
トムも2018年、左の牙を約50cmほど折ってしまい、歯髄が露出するようになりました。
治療を続けましたが、歯髄が腐敗し牙内部も空洞化して牙再生の見込みがないことや、
このままでは細菌感染のリスクがあることなどから、残りの牙を抜牙することになりま
した。
当日は抜牙経験が豊富なアメリカの専門チームも招聘し、国内外の大学から麻酔専門の
獣医師、国内の動物園獣医師・飼育員など、総勢60人以上のスタッフ(下写真)で作業に
当たりました。
抜牙をするには、トムに麻酔をしなければなりません。
当日は塩酸エトルフィン(M99)という麻酔薬が使われ、麻酔時間は約3時間でした。
塩酸エトルフィンは、モルヒネの1,000倍に達する最も高い鎮痛活性を持つ麻酔薬で、
ゾウやキリン、サイなど大型動物の麻酔に使われます(人への使用は禁止されている)
現在は法令(麻薬及び向精神薬取締法)により、麻薬の研究者しか使用できないため、
特別な許可を受ける必要がありました。
9時半過ぎの麻酔から約2時間で、残っていた牙(下写真)の抜牙に成功しました。
牙は約50cm、重さは約3.5kgでした。
その後、患部には細かく砕いた氷を詰めて止血しました。
傷口は、半年から1年ほどかけてゆっくりと塞がると思いますが、それまでは感染症に
注意しなければなりません。
12時半頃に拮抗剤を投与すると、トムは5分後に起き上がりました。
抜牙直後は食欲不振や睡眠障害などもあったようですが、現在は元に戻っています。
大型動物の麻酔では、自重による臓器圧迫や呼吸抑制、神経・骨格筋損傷などのリスク
があるため、右側を下にした横臥位(おうがい)の姿勢(下写真)にします。
また、塩酸エトルフィンをゾウに使用した場合、呼吸抑制や血圧低下などの合併症が生
じることが知られているため、気管にチューブを入れて気道を確保、人工的な呼吸支援
など、様々な対策が採られたようです(無事に終わって良かった、良かった)