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そこにはオスの「キング」とメスの「メリー」という、ともて仲の
いいゴリラがいました。
ふたりの間に赤ちゃんの期待もありましたが、メリーが思いがけない
事故で亡くなってしまったので、キングは長い間、ひとりぼっちで
暮らしていました。
ある晴れた日、飼育係の津崎さんと山口君は、キングの様子がおかしいことに気付きました。
次の日、二人がキングの様子を見に行くと、昨日のエサがほとんど残っていました。
こんなことは今までなかったので、少し心配になりながらも、数日は様子をみていましたが、
横になったキングはエサを食べようとはしません。
麻酔して血液検査をしてみると、腎臓が悪くなっていることが分かりました。
すぐに点滴治療を開始しましたが、キングの食欲は戻らず、水分しか受け付けません。
いつもなら十数秒で飲み終わるミルクも、鉄格子の間からスプーンで一杯ずつ飲ませる日々
が続きました。
それでも私たちの願いが通じたのか、キングは少しずつ元気になり、野菜(レタス)を食べ
るまでに回復しました。
その夜、扉の陰では男泣きしている津崎さんの姿がありました。
私たちは奇跡を信じましたが、キングは体は起こせても膝が曲がら
ず、起き上がることができないのです。
体の大きな動物が同じ姿勢を続けると、「床ずれ」を起こす恐れがあります。
ですから、一日に何度も姿勢を変えなければなりません。
そのたびに麻酔もできないので、干し草やクッションを敷いて、点滴の後に一日一回、姿勢を
変えることにしました。
でも居心地が悪いのか、キングはいつもの姿勢になってしまいます。
ある朝、キングの体を動かすと、恐れていた床ずれを起こしていました。
年に一度の星まつりから三日目の朝、キングは人知れずメリーの許
に逝ったのでした。
久しぶりの静けさが、朝の獣舎を包んでいました。
アバラが浮き出るほどに痩せ細った体を撫でながら、私とキングは初めて、お互いの想いを語
り合いました。
大学での解剖に立ち会う山口君は「何でおまえが、何でおまえが」と肩を震わせながら、生前
車が動き始めると、私たちは心の中で叫んでいました。
「キング、精いっぱいの愛をありがとう!」
あとがき:
人気者のキングでしたから、花束などを持ってくる人がいるかも知れません。
記帳台も兼ねて飼育舎の前に机でも準備できないか、と上司に相談もしましたが、子供たちが
ふざけて「机に乗りはしないか、怪我でもしたらどうするのか」という後ろ向きの発想に終始
し、結局、紙切れ一枚張り出すだけの、寂しいものでした。
私には理解できませんが、長い間、人間を成長させるために「犠牲」となったキングの
「尊厳」・飼育員の「想い」よりも、行政マンとしての大事な何かが、あったのでしょう。
本来なら、解剖にも立ち会うべきでしたが、この時ばかりは、別の獣医師にお願いしました。
最後まで見届けないのは、「獣医師として無責任」と言われればそのとおりです。
私自身、いろんな想いがあったとしても、初めて「こころ」を開いてくれた「友」だとして
も。