飼育下で野生動物を繁殖させるには、彼らの生態を知らなければなりません。
たとえば、日本にはタヌキが2種類生息しています。
北海道以外に生息する「ホンドタヌキ」と北海道に生息する
エゾタヌキの飼育下繁殖は、日本では旭山動物園が最初ですが、何と
平成になってからです。
タヌキなら簡単に繁殖しそうですが、なかなか繁殖しませんでした。
冬眠しないエゾタヌキにとって、寒さの厳しい北海道は、エサを探す
のも一苦労です。
野生では、ほとんどの個体がお腹を空かし、ガリガリに痩せながらも何とか冬を乗り切った
ものだけが、春の繁殖期を迎えられるのです。
つまり、生きるか死ぬかの状態になることこそが、次の命を育む原動力になるのです。
日本にいるノウサギも、同様のメカニズムによって繁殖するようです。
飼育下動物は、冬でもエサが貰えます。
飼育担当者の気持ちになれば、せめてエサくらいは食べさせたいと、思うのも無理はありま
せん。
エゾタヌキには可哀想ですが、エサの量・回数を減らすことで繁殖に成功しました。
(動物にとっては、己の遺伝子を残すことが大事なことですから)
以前、環境省がルリカケスの生息調査のため、奄美市(金作原)に巣箱を設置したことが
長方形で、左右に出入り口があるようにして巣箱を設置しましたが
数年間は繁殖しませんでした。
ところが、何年目かに台風に見舞われ巣箱が傾き、結果、上下に
出入り口のある形になった年に、初めて繁殖したそうです。
奄美大島には天敵のハブがいますから、上下に出入り口がある方が逃げやすく、使い勝手の
良い巣箱になったのかも知れません。
クマでは、「着床遅延」(ちゃくしょうちえん)という生理的現象が起きることがあります。
ニホンツキノワグマは、エサが乏しくなる冬場を「冬眠」で、乗り
切ります。
その間は基本、「飲まず・食わず」ですから、かなりの体力を消耗
します。
おまけにメスは、冬眠中に出産・子育てもするわけですから、冬眠前には、栄養・皮下脂肪
をいっぱい蓄えなければなりません。
別な言い方をすれば、栄養状態の良いメスは受精卵が着床、その後出産し、そうでないメス
では、受精卵は着床できないということになります。
クマにとっても己の遺伝子を残すことが大事ですから、条件の悪い時に、出産・子育てと
いうコストはかけられません。
冬眠中、多くのメスの巣穴で子どもが生まれていたら、その森は、豊かな森であったこと
が分かります。
カモノハシという動物がいますが、皆さんは知っていますか。
世界でも数種類しかいない、とても珍しい生態を持った哺乳類です。
哺乳類の基本は「胎生」ですが、カモノハシは何と卵性なのです。
メスは2㎝ほどの卵を数個産み、10~12日で子どもが生まれます。
子どもの口ばしの先には卵嘴(らんし)と呼ばれる突起があり、それで卵の殻を割ります。
メスには他の哺乳類のような乳首はなく、子どもは、乳腺から染み出てくる乳を舐めて成長
します。
この乳腺の存在が、哺乳類の決め手になっているのです。
カモノハシの巣は水辺の土手にあり、巣穴の入り口は水中にありますが、巣は水面よりも
高い位置にあります。
親は狭いトンネルを通り抜け巣にたどり着きますが、その途中で体表の水分が扱かれ、巣内
は理想的な湿度に保たれます。
オーストラリアのタロンガ動物園も、カモノハシの繁殖に取り組んできました。
しかし、子どもが生まれても、途中で死んでしまう(肺炎が原因)のです。
その原因は、人工的に作った巣へ続くトンネル幅が広すぎたことです。
そのため、親の体表には水分が残り、巣内の湿度が常に高くなっていたことが分かり
ました。
野生個体の巣穴を調査してみると、意外と狭いことが分かり、その後、トンネル幅を狭く
することで、繁殖に成功しました。
北海道のタンチョウでは、オス・メスが抱卵を交代する時に直ぐには卵を抱かず、しばらく
時期的には未だ寒く、みぞれが降ることもあります。
おまけに水辺のツルですから、腹部が濡れたまま卵を抱き始める
こともあります。
一時的に抱卵を止めるとヒナが発育し過ぎることもなく、卵の表面の水分は気化熱となり
ヒナが成長するための刺激となっていることが分かりました。
本能とはいえ、野生には無駄なことはありません。
そのことから、動物園などでは日に数度、ふ卵器を止めて扉を開放し、一時的に温度を
水鳥などでは、卵の表面に霧吹きで水を吹きかけます。